今日は、今治市の大三島と大島に渡った。 大三島では、JF大三島水産物二次加工場を訪れた。同加工場は、合併市町村周辺地域振興補助金事業として本年3月に竣工した施設である。 その目的は、豊漁・不漁・魚価次第といった経営から脱却し、地域水産物にさらなる付加価値をつけて、「売れる」水産加工物の開発と販路拡大をめざす、というものである。 地元日本食研とのコラボということだが、その強化がポイントに思えた。 続いて、大島へ移動。 潮流体験船と、物産館兼魚食レストランを視察した。いずれも、宮窪地区観光拠点整備事業として、本年4月に営業を開始し、着実に来訪者が増加しているとのこと。 まだ緒についたばかりであるが、ビジネスとしての将来性を感じた。 特に、潮流体験船。これは、工夫次第でドル箱になりうる、と思わず唸った。いくら巨額投資をもってしても、この壮大な自然装置は作れないのだから。 潮流体験を、宮窪観光全体のストーリーの中で、どう魅力的に落とし込んでいくか、が重要であろう。ホスピタリティを真ん中に立てて、ぜひ他の地域に希望を与える、観光事業としての成功を、と思う。 PS大三島と大島の真ん中に、私が育った伯方島がある。潮流体験で訪れた船折り瀬戸は、昔から有名な、船の難所である。 ここの潮流がいかに早いかということは、中学3年の夏、はからずも体験した。苦い思い出、である。 そのとき、私はシュノーケルと水中めがねと足ヒレをつけて、友だちと海に潜り、銛で魚やウニやアワビを獲っていた。 獲っては焼いて食べ、また潜り。 ある時、浜辺近くで潜ったつもりが、海面へ出ると、ずいぶん沖に出ていた。しまった、潮につかまった。流されている。すごい力で、船折り瀬戸の渦のほうへ引っ張られていくのがわかった。 あとは無我夢中。あるいは一心不乱。 流れに逆らわず利用して、少しづつ浜辺へ浜辺へと必死で泳ぎ、1㎞くらいむこうの岸辺に、どうにかこうにかたどり着くことができた。本当に死ぬかと思った。 その後、祖父たちから、昔は、このあたりの潮の速い海で流され、亡くなる方も多かったことを聞く。自然に対する敬虔を、身にしみて覚えさせられた夏であった。 船折り瀬戸を通過する潮流体験船にて、当時のその場所を見つめながら、それから28年経った夏も、あの時と同じように、また暑い1日であった。 ��写真は、船折り瀬戸の潮流と渦)