左の写真は、来島海峡大橋である。 今治と大島を結ぶ、しまなみ海道のいわば始点、もしくは終点。昨日、久々の伯方島訪問時に撮ったものである。 私には、しまなみ海道を通るたびに必ず浮かぶメロディがある。 ♪橋をかけよう かけよう橋を/橋をかけよう でっかい橋を♪で始まるそれは、フランク永井の“でっかい夢”という歌である。 ご存知の方は、いるだろうか。昭和42年にリリースの歌である。 初めて私がこの歌を聴いたのは、小学校に上がった頃と記憶している。夏休みの盆踊りでかかる、定番の1曲であった。 盆踊りの会場であるお寺の境内は、地域内の家族がこぞって集まり、来る年も来る年も、それはそれは賑やかであった。そういう時代でもあった。 風呂から上がりたての私は、いつも糊の効いた浴衣を着せられて、留守番の母と祖父母を家に残し、父と妹と一緒に、踊りの輪に飛び込んだ。おじちゃんやおばちゃんや、おにいさんおねえさんに混じって。 踊りつかれた帰り道は、妹を背負った父の手に引かれながら、ウトウトと、夜通し泣き止まないセミの声と、キリギリスの声がいつもの子守唄だった。 幼心に、当時、本州と四国が橋で繋がるなんて、本当は思っていなかった。そんなにスゴイことは、少なくとも小学生の私が、生きているうちには無理だろうと思っていた。まさに、でっかい夢、であった。 考えてみると、しまなみ海道は、当時の人たちが描いた、でっかい夢なのである。今、私たちはこの橋を渡って、あの島へ、この島へ、本州へと、いつでも自由に行くことができる。 ふと、私たちは子どもたちへ、どんな夢を残せるだろう、と思った。これが父親たちが言っていた“でっかい夢”だったのか、と子や孫たちに言わせしめるものは何だろう、と。 かの歌の最後の歌詞は“男の夢は/虹よりでかい”だが。そろそろ社会の責任世代に入った者として。 子どもたちに“虹よりでかい”夢を与え、そして自身の為すべきライフワークは何なのか、この写真から、何だかちょっと真面目に考えさせられた。 PS.弊ブログをご覧の皆様に参院選期間中は、念のため選挙関連テーマを自粛させて頂きますことをご了承ください。大勝利に向けて、最後まで断固戦い抜いてまいります!