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2012年 9月定例会(9/24)

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選挙制度の検証について(2012年9月定例会)

選挙制度の検証について - 質問 -

さて、先日、渡邉恒雄読売新聞グループ主筆の「反ポピュリズム論」を読みました。論旨はいかにもナベツネさんらしい切れ味でした。今の国政をポピュリズム的なぶざまな政治とした上で、こうした政治家の衰弱は誰のせいか、橋下現象はなぜ起きたか、また、ポピュリズムの理論的考察、大衆迎合をあおるメディアに関して持論を展開しつつ、日本の政治を決定的に悪くした根本原因は小選挙区制とマニフェスト至上主義であり、これらとの決別がポピュリズム政治から脱するために絶対必要であるとしています。

そして、ポピュリズム政治の台頭について渡邉氏は、古くを除けば、小泉首相の登場によるいわゆるワンフレーズ政治、劇場型のテレビ政治が大きな転機であったと回想されておりますが、小異を除き、私が特に共感したのは、小選挙区制の弊害についてであります。

小選挙区制は、言うまでもなく二大政党制を前提とした選挙制度であり、政権交代を可能とすることで、それまでの中選挙区制による派閥・金権型による政治腐敗からの脱却を目指し、96年の衆院選から導入されました。以来、2009年には政権交代も実現し、議席の上では民主、自民で8割以上を占有するという十分なる二大政党政治が誕生いたしました。

しかし、その結果として、私たちが直面する決められない政治、あるいは渡邉氏が懸念するポピュリズム政治の台頭があるのだとすると、果たして我が国はこのまま二大政党制を志向すべきなのか、私はいま一度、抜本的な検証が必要ではないかと思うのであります。

例えば、OECD加盟29カ国について見ますと、小選挙区制を採用しているのは5カ国、比例代表制を採用しているのは20カ国であり、世界的にはより正確に民意が反映される比例代表制が主流となっています。しかも元祖二大政党制のイギリスにおいても、現在のキャメロン政権は保守党と第三党である自由民主党との連立政権となっています。

また、他方、政治評論家の森田実氏は、そのブログで、日本のマスコミは二者択一的考え方に立っています。「AかBか」「白か黒か」「善か悪か」という単純な二分法的な色分けをします。中間がないのです。「第一党か第二党か」「旧政党か新政党か」という設定で政治報道をしています。

と現在の二大政党政治に伴うマスコミのあり方に警鐘を鳴らしています。

冷戦時代のようなイデオロギー対立が過ぎ去った今、我が国の民意は果たして二大政党の2つに集約され得るのか、強い違和感と疑念を抱く中で、私は、興味深い学説に目をとめました。それは、1970年代にイタリアの政治学者ジョヴァンニ・サルトーリが提唱した政党制類型です。

それによりますと、うまく機能する民主主義として二大政党制と穏健な多党制が挙げられ、イデオロギーの差異が小さい場合には、穏健な多党制がより機能すると提起しています。このサルトーリの分類法は、現在に至るまで、最も大きな影響力を持つものとして政治学者の間で広く受け入れられている考え方でありますが、私は、イデオロギーの差異が余り大きくない現在の日本においては、穏健な多党制によるコンセンサス型民主主義を目指すべきであり、そのためには、民意がより正確に反映される比例代表を中心とした選挙制度に改めるべきではないかと考えるものであります。

そこで、お伺いいたします。

二者択一的な思考の単純化が助長され、ポピュリズム政治の台頭が懸念される中、私は、二大政党制を志向する現在の国政のあり方について、その選挙制度も含めていま一度抜本的に検証する必要があると考えるのでありますが、知事の御所見をお示しください。

選挙制度の検証について - 答弁 -

答弁:中村時広知事

次に、選挙制度等々についてのお尋ねですけれども、現行の衆議院議員の選挙制度については、民意の集約、政治における意思決定と責任の所在の明確化や政権交代の可能性を重視するとともに、少数意見の国政への反映にも配慮して、その結果として、非常にわかりにくかったと思いますが、小選挙区制と比例代表制との並立制が採用・導入されたというふうに思います。

その結果として、民意の変化が、議席数の変動に、より大きく反映されるようになり、さきの総選挙における自民党から民主党への政権交代にもつながったところでありますが、現在の国政の状況を見る限りにおいては、衆参のねじれ現象も手伝い、国会が民意を十分に反映した政策の立案という最も重要な機能を発揮しているとは言いがたい状況にあり、結果として政治不信を招いていることはまことに残念であります。

こうした状況に陥っている原因を制度や仕組みに求めるのか、それとも国会議員の資質や別の何かに求めるかは意見の分かれるところでありますけれども、いずれにしても、現在の国政のあり方をどう検証するかについては、国民の間や国会の中で大いに議論されたらいかがかと思います。

ただ単純にかつての中選挙区制へという声も聞こえてくるんですが、それは個人的には反対であります。

なぜならば、当時の議論は、中選挙区制というのは、結局、政権をとる政党が1つの選挙区に複数の候補者を出さなければ成り立たないわけですから、その力を持った政党が1つしかなくなっているという現状がありました。そういう中で政権が固定化されて、交代が非常に難しい状況が生まれていたわけであります。

他方、派閥政治が全て悪いとは思いませんけれども、派閥政治が、お金の集め、あるいはポストの獲得、こういった方向に露骨にシフトしていく中で、金権政治というものが拡大していったわけであります。当時は、衆議院に出るとなると、数億円用意しなければ出られないなんていうことがマスコミでも盛んに書かれておりましたけれども、この異常な状態というのを解消するというのは必然であったと思います。

その結果、ここ数年、大きな金権にまつわる汚職事件等々は随分減ったのではないかなと思いますけれども、当時は、毎年のように、驚くべき巨額のお金が動くような金権腐敗の事件というのがよく引き起こっていたことは記憶に残っておるところであります。

そういう中で、一つの試みとして政権交代可能な制度のあり方が当時議論されたと思いますけれども、もちろんそれぞれの政党にいろいろな考え方がありましたから、当時も比例代表連用制も議論の俎上に上りました。しかし、最終的には、政権交代可能な小選挙区制の導入と。

実は当時、こんな議論もあったんですけれども、衆議院は限りなく政権選択という意味合いを込めた小選挙区中心にし、参議院は、一つの多くの国民の意思を反映させるような御指摘のような比例代表中心の院にすべきではないかと。そうすると衆議院、参議院が非常に極めて別の違ったカラーを持って、それぞれの役割が担っていけるのではないかという、こんな議論もありました。

ただ残念ながら、今、衆議院も参議院もほとんど同じような選挙制度になっていることによって、この結果が参議院の立ち位置を非常に不透明にしているのではないかなと個人的には思っていたんです。よく世に言われるのは、参議院は衆議院のカーボンコピーじゃないかと。でも、これは、同じような選挙制度というものを採用していることにより、そういうふうな色合いというのが自動的に持たざるを得なくなっているのかなという感じもしないではないと思います。

そして、もう一つは、当時、小選挙区制を導入したときに一つ導入されたのが、政党助成金の問題でありました。

仮に、この政党助成金というものを維持したまま、かつての中選挙区制に戻したらどうなるのかなということを考えたことがあるんです。すると、今度は、一回そのときの最初の選挙で政権をとったところが、ほぼ未来永劫、政権を担い続ける、その可能性が高くなるんじゃないかなということを感じました。なぜならば、半数以上をとって、多額の助成金を得る。今まで以上に力の差がついてきますから、1つの選挙区に複数の候補者を立てる政党はもはや出てこなくなってしまうのではないかなという危険性もあるような感じもいたします。

かつてこの小選挙区の問題を考えるときに参考にしたのが、イギリスやオーストラリアの二大政党制をとっている国々の状況だったわけでありますけれども、私も実際見に行ったことがあるんです。日本の小選挙区制に基づく二大政党の姿とは随分違っていまして、例えば国会の議会を傍聴しますと、議長が国会を仕切るんですけれども、役人は一切入っていないんですね。横側に現職の総理以下大臣が座っていまして、正面にシャドーキャビネットが座るんですね。クエスチョンタイムがスタートされますと、首相の所信表明があって、それに対してシャドーキャビネットの首相が質問をする。ここには逆質問権も認められていますから、相当なやり合いが展開されるようになります。これを次の大蔵大臣、あるいは通産大臣、文部科学大臣等々、ずっと続けていくんですね。その情景というのは常にテレビ放送されていまして、国民の前にその議論の中身というのが全てオープンになっています。

選挙そのものは、党営選挙というものが非常にしっかりしていますから、その風景を見て、党の各支部あるいは党本部が、そのクエスチョンタイムの論戦で負けた議員はもう次の選挙では名簿から外すというような非常に厳しい状況が常態化しておりました。ですから、議員も真剣になってやりとりしているのがとても印象に残っています。

さらには、いろんなことを考えているなと思ったんですけれども、いわば先ほどの世襲制限なんかでも、利権というものが継続しないように、例えば息子が出る場合は同じ選挙区から出られないというふうな仕組みをつくったり、その辺の格差をなくす、公平な状況をつくるということに非常に細やかな気配りをしているんだなということを当時感じた記憶がございます。

いずれにいたしましても、選挙制度はベストなものはないと思いますので、よりベターなもの、今のままがいいのか、あるいは変えるべきなのか、あるいは衆議院と参議院をどうするのか、そういうことも含めて大いに議論が展開されることが好ましいのではないかなと、そんなふうに思います。

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