午前、部局折衝。午後、市内にて企業訪問。
議員に、土日なし。朝、手帳をチェックして、あらためて気づく。 容赦もなく照りつける、灼熱の日曜日。 本日は、大島・伯方島・大三島、の3島をスラロームする、しまなみ遊説、の日。 と、何だか胸が高まるのは、私が、伯方島で育ったから。 で、そうした、ちょっぴりセンチな感情は胸にしまって、��M10:00、今治市役所に到着。 おはようございます!公明党・今治市議4名の先輩方と合流し、いざ、出発。 最初は、大島。 吉海町と宮窪町でマイクを握り、その間、支持者宅のご訪問、漁協関係者のヒヤリング、陳情箇所の視察など、猛スピードで島を1周。 あっちゃん、久保くん、青菜くん、元気やろか?と、同級生の顔を思い出しながら、2時間弱の滞在。 続いて、伯方島。 マリンオアシスはかたで、伯方の塩ラーメンを頂いた後、有津と木浦で、マイクを握った。 照れくさいやら、懐かしいやら、で、ちょうどお昼時。幸か不幸か、友達に出会うこともなく。 その後、支持者宅を数軒ご挨拶にお伺いし、大三島へと向かった。 宮浦で2か所、マイクを握った後、支持者宅へのご挨拶を終え、 どうしても訪れたかった場所、がある。高校時代の下宿の先輩、Aさん宅、だ。 昔の記憶を手繰りながら、たしか、ここを曲がったあたり・・・。 あった!あった! しかも、全面リニューアルしていて、とってもオシャレなお店に大変身、ではないか。 やるではないか、Aさん。 と、お店を覗くと、いた。まぎれもなく、Aさんだ。 身長も、変わらない。体型も、変わらない。 ちょっとシニカルな笑顔も、全然昔と、変わっていない。 “Aさん、お久しぶりです~!”“お~、久しぶり!俺さぁ、去年の選挙の時、・・・” と、いきなり、積もる話全開モードのAさん。あいかわらずだ、な。 こちらとしては、突然の飛び込み訪問だし、しかもお客様もいらっしゃったため、 極力、短時間で辞そうとしたのだが、若干、旧交が温まってしまい、恐縮しきりだった。 その、Aさん。私の1つ先輩で、当時の下宿先が同じ、という間柄であった。 彼は今治北、私は今治西、と、通う高校こそ違ったものの、学校以外の生活時間のほうが、はるかに長いわけで、 いつも、どちらからともなく部屋を行き来しては、たわいもないことで盛り上がる毎日だった。 ぬかるみの世界、オールナイトニッポン、歌うヘッドライト、ガスコンロ、袋入りラーメン、コーヒーにブライト、 オーブントースター、シグマベスト、出る単、トランプ、極真空手、1・2の三四郎、銭湯、それから・・・。 今の高校生のように、ケータイもメールもなく、テレビもなく、振り返ると、アナログでモノクロな思い出ばかり、だ。 それがよかったし、それでよかった。 “今度また、ゆっくり来ますね!” そう言って、さすがに、お暇をさせて頂いのだが、 帰り道、あの頃とちっとも変らないAさんに、しばらく、ニヤニヤ笑いが止まらなかった。 灼熱の太陽照りつける、しまなみ遊説の1日は、 なぞるように、自身のルーツを再確認した1日、であった。 振り返ったどの瞬間も、感謝でいっぱい、である。 ��写真左から、今治市・渡部議員、私、同・石井議員、同・越智議員。撮影は、同・谷口議員。)
党務を終えて、17:00。今治市内で開催された、蛍雪会総会に駆けつけた。 いささかローカルな話になるが、蛍雪会とは、わが母校・今治西高校のOB会の名称、だ。 私は、今回が初参加とあって、内心恐る恐る、会場受付へと向かった。 “お世話になります。33期の木村です。” 受付に思い当たる顔は、ない。ならば、と、受付名簿を目で追うが、同期はいない。 緊張が、走る。 案の定、会場へ入ると、場内は、大先輩ばかりであった。その上、気まずい事に、私は来賓席へ誘導されてしまった。 身が縮む思いとは、このことだ。 そんなわけで総会は、個人的には極めて恐縮、の居心地に始まったのだが、引き続いて懇親会に入ると、一転。 各テーブルを大いに回らせて頂き、大先輩の方々との会話が、弾む、弾む。 その、同窓の絆に熱いものを感じながら、また、敬意と感謝に心も満たされながら、 何ともいえない、温かな居心地の余韻の内に、終了した。 すべからく、感謝すべきは母校なり、だ。 さて、話は変わるが、現在、母校は1学年8クラス、在校生徒総数959名、とのこと。 私たちのときの生徒数は、1,350名だったから、ざっと3割減。 むむむ、と、心に戸惑いと引っ掛かりを覚えたのは、 メディアが伝える少子化と、母校を通じ肌身で感じる少子化のギャップ、だった。 ましてや。 来る年も来る年も定数に満たず、母校の廃校を余儀なくされる方々のお気持ちは如何ばかりだろう、 と、現在、県が進める県立学校再編計画に思いを馳せ、7月初旬の常任委員会での、自身の発言を思い返した。 行政の課題解決は、常に、当事者から出発しなければならない、 という当たり前を、母校の現状に鑑み、あらためて意を強くするのであった。 最後に1つ、これまたローカルだが、��B会の名称である、蛍雪、の由来について。 それは、母校の校章にも校歌にも顕わされる建学精神であり、107年にわたり伝統脈打つDNAであり、私たち同窓の絆そのもの、だ。 それは、皆様ご承知の、中国の故事に基づいている。 晋の車胤が、貧しくて灯油が買えず、螢を集めてその光で書を読み、孫康が、雪を積んだその明かりで学問に励んだ、というあの有名な故事、 または、卒業式に歌われる、♪ほーたーるの・ひーかーり・まーどーのー・ゆーーき、である。 苦労して学問に励んだその2人は、後に、官僚として大成するのだが、 母校に学ぶ私たちも、将来どの道をゆくにせよ、この伝統精神を貫いていくならば、きっと行く手は照らされる、 そう確信して、倦まず弛まず精進せよ、そんなメッセージが、蛍雪の2文字に込められている、のだ。 そのOBの1人としては、未だ、甚だ未熟ではある。 であればこそ、今一度、蛍雪、の精神に立ち返り、大先輩に恥じないよう、公務を全力で、と心に誓った。 末尾ながら、準備と運営のお世話を頂いた皆様、素晴らしいひと時を、誠にありがとうございました。
末広がりの、8並び。いよいよ本日、北京オリンピックが、 正式には、第29回夏季五輪・北京大会が、開幕した。 ここに至るまで、さまざまな物議を醸してきただけに、 予定通り開幕を迎えられたことを、心から安堵するとともに、 開催期間の無事盛会を祈る思いでいっぱい、だ。 その、開会式。テレビの前で、釘づけになった。 考えてみると、こうして、ゆっくり開会式を見るのは、社会人になってからは、初めて、だ。 「鳥の巣」でおなじみの、国家体育場がメインスタジアム。そこをめざして、郊外から、足跡をかたどった仕掛け花火が上がる。 1歩、2歩、3歩・・・。足跡は、北京の夜空をまたぎながら、「鳥の巣」に近づいていく。 到着すると、巻物をかたどった舞台が現れた。 歓迎儀式が、始まった。その最初のメッセージは、 “朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや”。 おー。 孔子の論語、ではないか。高校時代、漢文で習ったぞ。 この、かなりイケてる、演出センス。プロデューサーは、誰ぞ? と思っていたら、すかさず、アナウンサーから解説があった。 “今回の演出は、中国映画界を代表する、あの、張芸謀(チャン・イーモウ)監督が担当されました。” なるほどー。 映画「初恋のきた道」の、大ファンである私としては、どーりで、なのであった。 巻物はクルクルとほどけ、巨大な舞台となり、文字を、つまり文明を得て以来の、中国5000年の歴史絵巻が次々に展開されていった。 1つ1つ綴るとキリもないほどに、中国の威信をかけた、一世一代のショーを、堪能した。 参加選手は、204カ国・地域から11,193人。参列の国家元首や首脳は、80カ国以上から。 いずれも、五輪史上最多、だそうだ。 加えて、91,000人!の、大観衆で埋め尽くされた、この「鳥の巣」から、 超大国・中国が、今、大きく羽ばたかんとする心象を持った。 眠れる獅子、ついに、立てり。 世界の中国に対する認識は、今日を境に、一変するのかもしれない。 そんな中、わが日本選手団は。 旗手を務める、卓球女子の福原愛ちゃんを先頭に、23番目に登場、だ。 すばらしい笑顔、笑顔、笑顔。そして、明日からは、真剣勝負。 県勢の、7人の侍、もいた。悔いの残らない大活躍を期待したい、と思う。 今回の、北京五輪のスローガンは、「一つの世界 一つの夢」。 テレビにかじりつきながら、どんなに微力であったとしても。 スポーツを超えて、それを国際社会に実現していく、そんな時代を創り、拓いていかねば、と、決意した。 ��写真は、県庁に掲げられた県勢選手の応援懸垂幕。)
終日、県民相談対応。 積ん読、の中から、日経ビジネス(2008.7.28)を、読んだ。 “消費税の年金財源化に落とし穴”、という、東洋大学・髙橋洋一教授の、記事である。 私が、髙橋教授を初めて認知したのは、著作の、「さらば財務省!」によってであった。 なんとユニークな官僚なのだろう、と思ったし、きわめてロジカルで、腑に落ちる論説の人、と思った。 そのベストセラー上梓後、一躍、時の人となり、今では、お茶の間で拝見することも多くなった。 ので、世間の認知の仕方は、きっと、教授、もしくは、コメンテーター、ということなのだろう、 が、私の脳裏では、やっぱり第一印象が支配しており、私にとっては、だが、今回の記事も、腑に落ちた。 地ならしというか、外堀を埋めるかのように、じわじわっと巻き起こってきた、消費税増税の議論に対して。 それはそれとして当然ながら、可だが、それと年金を結びつけるのは、不可だ、と。 つまり、髙橋教授の指摘は、年金財源としての消費税増税は筋が違う、である。 なぜか。地方分権に逆行するから、だ。 その仮設立て、に脱帽するし、腑に落ちるというのは、その、課題の斬り方、である。 中央集権か、地方分権か、ここが、最初のイシュー。 これについては、国の運営の方向性に関する結論は、既に出ている。 いうまでもなく、地方分権であり、この間、法整備も着々と進めてきたし、 先日も綴った通り、政府諮問機関のビジョン懇でも、2018年に道州制を導入すべく取り組みを加速している。 が、だ。 霞が関の本音は、もちろん、NO、だ。当事者として何が起きるかを考えれば、容易に想像が、つく。 押し寄せる地方分権の流れには逆らわず、しかも骨を抜き、結果的に、ちょっとだけ地方分権、で、シャンシャン、 というのが、権力を手放したくない官僚たちが考えるストーリー、 と、よくいわれるが、その通りであろう。 記事に話を戻すと、髙橋教授の説は、こうだ。 国と地方の役割を明確にした上で、地方分権が進展・完了したとしても、 年金は、国が運営すべき制度である、と、ここが、2つめのイシュー。 一方、消費税は、所得税や法人税などの国税の内、収入安定性の点からも、地域偏在性が少ない点からも、地方への税源移譲が最も適している、 と、ここが、3つめのイシュー。 イシューをつなぐと、 人材・権限・財源、を地方に移譲する、地方分権は、喫緊の、実現課題である。 その移譲財源のうち、消費税は地方に移譲すべき税源であり、 地方分権後も国の運営で行うべき年金の財源は、国税・保険料という枠組みの中で議論すべきだ、 となる。賛成、である。 年金ばかりではない、社会保障費の増大もまた、消費税増税の論拠として高まりつつあるが、 その前に国は、やるべきことがある、のだ。 それについては幾度も綴ってきた通り、なので触れないが、 年明けから今日まで、2,000名を超える方々との対話で、 私が感じた、叫びにも似た、庶民の怒り、を、どうすれば、安心と信頼に変えられるのか、 今、国が最も注力すべきは、その1点であり、おのずと、消費税増税とは別の議論、となろう。 国は、やるべきことを、やっているのか。私も、やるべきことを、やれているのか。 自他ともに、常に、問いながら。 記事に触れ、政治の落とし穴に陥らないよう、研鑽を怠るまい、と思う。