午前、県民相談。午後、党務。夜、支援団体会合参加。 につき、今日は、食料自給率について。 今週の日経ビジネスの特集に、何とも深く、考えさせられてしまったからである。 ご承知の通り、わが国の食料自給率は、 カロリーベースで39%(2006年度農水省調べ)、となった。 これは50年前に比べて、ほぼ半減、の深刻なレベルである。 ちなみに、2006年時点で、同自給率が100%を超えているのは、アメリカ、フランス、カナダ、オーストラリア、の4カ国。 オーストラリアにいたっては、なんと237%、である。 んっ? 100%を超えるって、どういう意味?237%って、どういうこと? 頭の中をうずまく謎を調べて、みた。 同指標は、国民が消費する食料を、全部カロリー換算して、それをどのくらい自国で賄えているか、という目安であり、 数値は、その余裕の大きさを表す、といえそうだ。 でも、なんでカロリーなんだろう? それって、栄養価を表すエネルギーの単位だけど、これは作る作物、獲れる水産物などによっても違うなぁ、 と、さらに調べていくと、食料自給率にもいろいろあることがわかった。 例えば。 わが国の食料自給率を生産額ベースでみると、2006年度で68%。これだと、50年前の約20%減、である。 また、米・麦・大麦・裸麦などの主食用穀物の自給率でみると、2006年度は約60%、50年前の約25%減、となる。 その他様々な自給率指標があるが、いずれも着実に減少している、 もしくは、外国への依存が確実に高まっている、ということはいえそうだ。 一方、意外だったのは。というか、単に私が浅学だったのだが。 例えば、鶏肉の品目自給率は96%だが、トウモロコシなど、鶏を育てるための飼料の国内自給率は、9.7%。 したがって、鶏肉のカロリーベースでの自給率は、96% × 9.7% = 約9%。 96%と、ほとんど自国で育てているにもかかわらず、カロリーベースだと、わずか9%になるのである。 食料自給率は、正しく読み解かねばならない、と思った。 もう1つ。食べ残しの、食品生ゴミ。 野菜をむいた皮とか、魚の骨などの、いわゆる、調理くず、ではなく。純粋なる食べ残し、飲み残し、である。 この食品生ゴミを、カロリーベースに換算すると、なんと35%。 ということは、わが国のカロリーベースでの食料自給率は、食べ残しをなくせば、39%+35% = 74%、ということになる。 驚きは、それだけではない。その食品生ゴミを金額換算すると、約11兆円、だそうだ。 これは、国内の農水産業の年間生産額とほぼ同じ、であり、換言すると、国内で作った農作物をそのまま捨てている、ということになる。 さらにこれは、世界の食糧援助量の約3倍に相当(2004農水省「食料需給表」)、ということらしい。 食べ残しをしない、 それだけで、カロリーベース食料自給率は上がり、世界の多くの人々と国々を救える、のだ。しかも、簡単に。 食料自給率は、消費する私たちを映す鏡でもある、と思った。 この間、県民の皆様との対話の中で多く寄せられた、食の危機に関するご要望の数々を思うと。 食料自給率から見えてくるものの大きさを、痛感する。 農業を始めとする第一次産業の復興と担い手問題、限界集落化する農村問題、少子高齢化問題、 安心・安全に不信が広がる食品問題、消費者問題、食料生ゴミの処理・再生を始めとした環境問題、 今、注目されているFTAやEPAなどの貿易問題、輸入・生産・流通・消費の全プロセスに絡む、エネルギー問題。 すべてが密接につながる、複雑な連立方程式、だ。が、残念ながら、答は、霞が関にも永田町にも、ない。 ないなら創る覚悟で。 これを、皆様とともに解いてまいりたい、と、記事を読みながら真剣に、思った。 ��写真は、日経ビジネス2008.6.16号。)
午後、県民相談。夜、支持者会合にてご挨拶。 今日は、昨日の、樋口恵子さんの講演の中でも話題となった、 社会保障国民会議(座長:吉川洋東大大学院教授)、について触れたい。 樋口さんは、そのメンバーの1人であられるのだが、本日午前、とりまとめた中間報告を、福田総理に提出するという話であった。 早速、内閣官房のホームページをチェックしてみた。本ブログをご覧の皆様にも、ぜひご高覧頂きたい、と思う。 ��ご参照URL⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/chukan.html ) ちなみに。3つの分科会の中間取りまとめと合わせると、約100ページ。 骨は折れるが、骨を惜しんではいけない大事、ではある。 さて、その中間報告。 年金・医療・介護・福祉・少子化対策など、今後の社会保障のあり方について、従来の抑制強化から、機能強化に重点を置く必要を説いている。 その通り、である。 わが国の少子高齢化は、かつてない短期間で急速に進行している。それはまた、どの国も経験したことのない、世界初の未踏領域である。 前例は、ない。世界に先駆けて日本がチャレンジを課された課題、だ。 そうした中、従来方式で、何をどのようにシュミレーションしても、給付を受ける高齢者の増加を、負担を担う現役世代が支えきれない、 との懸念から、 今まで、制度をいかに財政的に持続可能なものにするか、を最重要課題として、改革を進めてきたことはご案内の通りである。 しかし、一連の改革は、国の財政難に対処するため、給付抑制や負担の増大などの手法が中心であった。 こうした、改革の負の側面に対して、同会議は、はっきりと。 必要なサービスを保障し、国民の安心と安全を確保することを、今後の改革の基本方針に位置づけるべし、と冒頭で言い切っている。 その通り、だ。この間、私たち公明党が集めた多くの庶民の皆様の声と、一致する。 中間報告は、そうした基本視点に基づき、各分野ごとの改革の具体的な方向性と課題を示している。 実行プランにまでブレイクダウンされていないのが、ちょっと物足りない気もするが、 中間とりまとめだからやむなし、であろう。 今後、9月の最終報告取りまとめに向けて、同会議の議論の進捗を注視してまいりたい。 ともあれ、この、これからの社会保障制度。取りも直さず、国民の最重要関心事項と言って過言ではない。 であれば。声を上げる、ということをぜひ皆様にお願いしたい、と思う。 私自身に、私たち公明党に、そして、社会保障国民会議に直接メールで。��ご参照URL⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/goiken.html ) 政治参加は、都度の選挙のときだけ、では決してなく。 何気ない日常の対話も、1本のメールも、立派な政治参加である、ということを確信してやまないから。 1人の声は無視できても、百人、千人、万人と押し寄せる声にはいかなる権力も抗えない、と確信するから。 そういうことがしたくてもできなかった、或いは、できてもしなかった時代から、そういうことが普通にできる時代に生まれ合わせた、私たちの権利として。 大いに行使していきたいし、声を大にして呼びかけたい、と思う。 ��写真は、中間報告資料約100ページの内の、1ページ。)
午後、県民文化会館にて開催された男女共同参画社会づくり推進県民大会、に参加した。 今日は、その基調講演から。 講師は、テレビでもおなじみ、評論家であり東京家政大学名誉教授の、樋口恵子さん。 その他にも肩書きいくつもの、あの、樋口さんである。 演題は、「これからの女と男のいい関係」。ということだったが、実に深イイ話であった。 樋口さんによると。 明治維新、第二次大戦敗戦に次いで、近代日本の3つめのターニングポイントとなる、 それくらい大きな、しかし静かなる革命が、今、私たちの身の回りで、進行形で起きている、のである。 その革命とは、ズバリ、男女共同参画社会の実現、であり、 未だ道のり半ばながら、何としてもそれを成就させよう、というのが、講演メッセージの核心であった。 と、簡単にまとめてはいけないのである。 革命?身の回りのどこで?どんな? そう、樋口さんは講演のプロなのである。 強烈なツカミの後は、アドリブを交えて、軽妙にして痛快無比の、樋口ワールド。 いわく。過去2回のターニングポイントと今回の違いは、3つ。 過去はいずれも、外圧がきっかけだったが、今回は、いわば、内発であること。 そして、過去はいずれも、血を流したが、今回は、血は流れていないこと。 だから、静か。 また、過去は、1867年、1945年、何月何日と日付を打てたが、今回は、ここ10数年に横たわるため、日付が打てない。 だから、進行形。 その基点は、1995年の阪神大震災。 国民が初めて、そして本気で、国にお任せではダメだ、と思ったあの瞬間から、 人々の心の中に、誰に頼らずとも自分たちで、という、真の自立が芽生え始めたのではないか、という。 そして、地元の方々とともに澎湃と立ち上がった、全国各地のボランティアとの共同によって、その後の復興がなされたのはご承知の通りだが、 それまで、ボランティアという概念はほとんどなかった、のだそうだ。 新たな概念は、新たな行動を生む。 その機運は、1998年にNPO法を成立させる。 官が民をパートナーとして認めたことにより、これで、それまでの官尊民卑から、官民共同・対等という、新たな概念ができた。 また、1999年には、改正男女雇用機会均等法ができ、いわゆる男尊女卑から男女共同へと、一気に概念変化が起きた。 そして、2000年の地方分権一括法では、いわゆる国と地方の関係を、上下・主従ではなく、対等・協力に転換した。 こうした一連の、コペルニクス的転回ともいうべき概念変化を指して、過去2回に匹敵するほど大きな革命、というのである。 むむむ、なるほど。この10数年の身の回りを、そういう角度から考えたこともなかった。 そして、大事なポイントは、それが進行形であるということ。まだ、道半ばなのである。 めざすべきゴールは、男女共同参画社会の実現。 そのキーワードは多様性、であるとし、実現すべきは。 男女がそれぞれ、個人の自立と個性を発揮しながら、 意思と能力の総和によって、支えあい、助け合い、分かち合う、力強い社会、ということであった。 すばらしい示唆を得た。ともにゴールをめざしてまいりたい、と思った。 そして、何より。 とても私より32歳も年上には見えない樋口さんの、体験に基づく、魅力的で貴重なお話に触れられたことに、心から感謝したいと思う。 ��写真は、樋口恵子さんの講演風景。)
終日、県民相談と部局交渉と来客対応。 ブログにしにくい日は、ということで、昨日の続きを綴りたい。 夜、伊予の小京都・大洲市にて、支持者の対話集会に参加させて頂いた。 週初め、仕事始めのお忙しい中を多数お集まりくださり、あらためて皆様に、感謝を申し上げたい。 公明党に対して皆様から頂く様々な思いを、この日も細大漏らさず、真摯に受けとめ、率直な意見交換をさせて頂いた。 私はこれまで、東・中予の各地域をお伺いしたが、南予は、今回初めてであった。 やはり、南予には南予固有の要望が、ある。痛感、した。 特に、道路建設。 真に必要な道路かどうか、つまり、有用とムダの線引きは、県内であっても、東予と南予では、相当な温度差がある。 いくら最新需要に基づくB/Cをもってしても、その感情の差は埋まらないのではないか。 いわんや国においてをや、と思う。 論外を別にすると、必要、もしくはムダを定義することは、ことほどさように難しい。 が、そこを突破しないといけない。そのための知恵と力をつけてまいりたい、と決意した。 次から次のご意見が続き、あっという間の1時間が、過ぎた。 お1人お1人をお見送りしながら、受けとめた思いが熱い内にレポートを書かなければ、と思った。 そして、車に乗り込み、家路につこうとした時、突然、1人の先輩の顔が、浮かんだ。 あっ、チンさん。 チンさんこと武知さんは、香川大学軽音楽部の先輩で、��HAKE!という、当時ブイブイいわせた有名なバンドの、ボーカル。 ��&Bをこよなく愛する、魅力的なソウルマン、であり、それ以上のことはとても書けないが、私の最も大好きな先輩であった。 あった、といって、今も、健在だが。その武知さんの出身地が、ここ大洲市なのであった。 チンさん、ここで育ったんや。 と思ったとたん、頭の中で音楽が鳴り出した。ザ・ブルース・ブラザースの「ゴーイング・バック・トゥ・マイアミ」、だ。 そこから先は、歌は世につれ、世は歌につれ。 歌につられて、急に元気になってしまったそのテンションで、家内に、今から帰りますコールをしたが、適当にあしらわれてしまった。 チンさんのせいである。そして青春は、バンザイ、である。 ��写真は、26年前の香川大学軽音楽部ご一行。手前右から2人目がチンさんで、その隣が私。)
午後、県民文化会館にて開催された、 愛媛県地球温暖化防止県民運動推進会議設立総会、 及び、地球温暖化防止シンポジウム、に参加した。 いつもながら、で行政にはありがち、だが。 今どきのワカモノ風に言うと、総会タイトル、長くね?、だ。 タイトルで、脳内が温暖化してはいけないのである。 その点、地球にECOしょ、えーことしょ♪とは、さすが民放テレビ局。 最近よく、うちの子供たちも口ずさんでいるが、子どもの口の端に上らせるというのは、高度な広告戦略であって。 今日の総会も、地球にECOしょ!えひめ会議、くらいでどうだろう。と綴っている間に、前置き長くね?といわれそうだ。 さて。 総会は、同推進会議の会長である加戸知事による、本年を元年とした地球温暖化防止に向けた県民運動を、全県一体となって取り組む、との力強い決意の披瀝に始まり、 えひめ消費生活センター友の会の窪田会長による、地球温暖化防止県民運動開始宣言の朗読で、閉会された。 続くシンポジウムは、国立環境研究所特別客員研究員の西岡秀三氏の基調講演、 県下の、産業・運輸・民生・行政部門の各パネリストによる、パネルディスカッション、の順で行なわれた。 それぞれに興味深かったが、ふと、先日の福田総理の記者会見を思い出した。 ��ご参照⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/hukudaspeech/2008/06/09speech.html ) いわゆる、低炭素革命である。 それは、日本がリーダーシップを発揮し、脱化石エネルギー社会実現を国際合意とした、 イノベーションによるエネルギー革新によって、2050年を目標に、世界全体のCO2排出量を現在の半分に抑える、というビジョン。 なかなか壮大、である。それだけに、道のりの険しさを、覚悟してかからなければならない。 2005年時点の、世界の全CO2排出量に占める国別シェアは、日本4%に対し、中国19%、アメリカ21%。 実に、中国とアメリカで、世界の40%を占めている。 また、京都議定書批准による削減義務の有無別でみると、義務がある国の排出量合計は29%、ない国が71%。 世界の7割は、まだ削減義務を負っていないのである。つまり。 世界はまだ、低炭素革命のスタートの位置につけていないのである。 その意味で、洞爺湖サミットは、決定的に重要だ。 日本が、低炭素革命のリーダーシップをとるために大事なことは、 脱化石エネルギー社会実現への国際合意を、技術論を含めてどのように取りつけるか、 そして、CO2排出大国である中国・アメリカの2国を、どのように説得し、巻き込むか、であろう。 すべからく、低炭素革命は、できるか、ではなく、するのだ、と決意したい。 愛媛の取組みから世界の取り組みになってしまったが、さて。総理の記者会見は、最後に、こうある。 “200年以上前につくられたイギリスのアイアンブリッジが、現代の世界遺産として、「産業革命」という先祖たちの成功を今に伝えているように、 200年後の将来の子孫たちが、我々の努力を「低炭素革命」として、誇らしく振り返れるようなものにしていかなければならない。” その通り、なのである。 ��写真は、加戸知事はじめ、会場が一体となって、エコ体操、のシーン。)