にわかに。
朝から、家内が忙しい。
予感は的中し、午後から子ども2人を任された。
たまには子ども孝行せんか、ということらしい。
さいわい天気もよく、公園に連れて行け、と子らは言い。
言うや否や、の手際よさ。
サッカーボールとバレーボール、ボールとグローブ、なわとびとオモチャ。
って、オモチャはいらんやろ、と思うが、何しろ必要アイテムらしい。
結局、軽い遠足状態となってしまった。
そして向かった先は、松山総合公園。
駐車場から、テクテク、テクテク、テクテク、テクテク。
やっと頂上にたどり着いたと思いきや、そこからは、もう放し飼い状態。
子どもというのは疲れを知らないものだ、と、つくづく思う。
約2時間。
持参した遊び道具で、ひと通り遊んだし、こっちも疲れたし、
さあ帰ろうか、というと、まだダメだ、という。もう、鬼である。
結局、気の済むまでつきあうことにした。
子ども孝行というのは、ヘトヘトと、フラフラで、キツイものではある。
まわりを見渡すと、似たような家族連れがいっぱい。
どのパパたちも、笑顔がヘラヘラと見えたのは私の目の錯覚か。
そういえば。
私が子どもの頃は、ちょうど日本の、高度成長期の真っ只中。
父親と一緒に公園で、などという記憶は1度もない。
かといって、遊んでくれない父親をつまらなく思ったことも一度もない。
むしろ、仕事に一途な父親を、心ひそかに、尊敬していた気がする。
たまに一緒に出かけたのは、会社の運動会とか、花見とか。
家族で、というよりは、会社関連行事への連れ出しが多かった気がする。
そういう時代と、こういう時代と。
私たちの子ども時代と、子どもたちの今と、はたしてどちらが楽しいだろう。
あるいは。
今の子どもたちに、ALWAYS三丁目の夕日、の世界はわかるだろうか。
あの底流にある、日本の、温かさと愛しさを。
ふと、湧き起こったセンチメンタルを制しながら。
あと20年もすれば、この子らが日本を担う主役として躍り出てくるのだ。
それまでに、父親として、社会の先輩として、手を抜くまいと、思う。
私が、父親の、いわばプロジェクトXの時代の先輩方に無条件で敬意を表するように、
私たちの世代も、子どもたちが心打たれるような仕事をやり遂げなければならない。
なぜかならば、かの時代より何倍も、今が、難しい時代であると思うから。
そして、その、今、を担う一人として、日本を次に引き継いでいく一人として。
心して、かからねば。
子どもたちに遊ばれながら、
松山総合公園まで行って考えなくてもいいことを、考えさせられてしまった。
- 投稿者
- 木村誉
- 投稿時刻
- 15:37